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26話 王都封鎖・王家の紋章が招いた誤解

作者: みみっく
last update 最終更新日: 2025-07-07 07:00:41

 俺は頷きながら、彼女の手をそっと握り返した。

「それに、俺も黙ってさらわれるつもりはないしね」

 そう言った瞬間、子どもたちの表情が少しだけ和らいだ。

「え……? な、何をするの……?」

 不安げに尋ねてくる声に、俺は小さく笑って答える。

「別に暴れたりはしないよ。だから安心して」

「……はぁい」

 女の子は小さく頷き、俺の隣にぴたりと寄り添った。  その小さな体の震えが、俺の腕を通して伝わってくる。

 ――絶対に、守る。  俺はそっと目を閉じ、気配を研ぎ澄ませた。  馬車の外の音、風の流れ、足音の数……すべてを感じ取る。  ミリア、頼む。早く気づいてくれ――。

 王都を出るための検問が行われており、馬車はその列に並んでいた。 堂々と馬車に人を乗せて運び出そうとしている――つまり、この国には奴隷制度が存在するということか。 あるいは、兵士の中に協力者がいるのかもしれない。 どちらにせよ、この王国の裏側は、俺が思っていた以上に深く、そして黒い。

 やがて、兵士たちが荷物検査にやってきた。

「荷物は何だ?」

 兵士の一人が馬車の幌に手をかけ、鋭い視線を向けてくる。

「はい。奴隷の運搬でございます」

 盗賊の一人が、慣れた口調で答えた。

「中を見せろ」

「はい……ただの奴隷ですよ」

 幌がめくられ、兵士が中を覗き込む。  その瞬間、俺と兵士の視線がぶつかった。

 ――今だ。

「あの~……俺、拐われたんですけど~」

 できるだけ軽く、しかしはっきりと告げながら、懐から王族の紋章が刻まれたナイフを取り出して見せた。  国王から直接渡された、正真正銘の王家の証。

 兵士の目が見開かれ、呼吸が一瞬止まったように動きが固まる。  だが、すぐにその表情は鋭く引き締まり、彼は幌を勢いよく閉じると、外に向かって怒鳴った。

「おい! こっちだ!」

 その声は、空気を切り裂くように鋭く、周囲の兵士たちが一斉に動き出す気配がした。

 ――さて、ここからが本番だ。

 異変に気づいた盗賊の一人が逃げ出そうとしたが、すぐに取り押さえられた。 その騒ぎに、城壁の上にいた兵士が下の様子に気づき、声をかける。 すると、下の兵士が緊急事態を知らせる合図を送った。

 それを確認した城壁上の兵士が、すぐさま非常事態を告げる鐘を鳴らす。  重く響く鐘の音が、王都全体に鳴り渡った。

 どうやらこの国では、見張りの兵が鐘の音を聞くと、自分の持ち場の鐘を鳴らしていく仕組みらしい。  こうして非常事態は瞬く間に王都全域へと伝わり、各地で赤い煙が焚かれ、緊急事態の発生とその場所が示された。  同時に、王都のすべての出入り口が封鎖される。

 ――はぁ……うまくいってよかった。

 安堵の息をついたそのとき、目の前の兵士が俺の手元をじっと見つめながら、低い声で言った。

「失礼ですが……それ、本当に王家のものですか? 盗品や偽造品であれば、重罪になります。  ……もしそうなら、もう手遅れかもしれませんが」

 その声には、先ほどの驚きとは違う、冷たい警戒の色が滲んでいた。  俺はナイフを見せたまま、肩をすくめて答える。

「さっき、王様からもらったんだけどさ」

 できるだけ自然に、正直に。  ――疑われるのは当然だ。でも、これが本物だってことは、すぐに分かるはずだ。

「は? 王様から貰った? 平民がか?」

 ――うわ。口調が変わったんだけど……。

 あのナイフが、まさか身の証どころか裏目に出るとはな。  王様も粋な計らいのつもりだったんだろうけど、まったく厄介な土産をくれたもんだ。  ったく、この世界に来てからというもの、俺の常識が通用した試しがない。

 まあ、普通に考えて――平民が王様から王家の紋章入りの短剣をもらうなんて、ありえないよな。  仮に貰うとしても、それは王国に多大な貢献をした人物が、大々的な式典で授与されるようなものだろう。  それを俺は、何の前触れもなく「さっき」なんて言っちゃったわけで……。  何も考えずに事実を口にした自分を、今さらながら殴りたい。

「おい! コイツも怪しいぞ! 捕らえておけ!」

 兵士の怒号が飛ぶ。  ……って、え? 盗賊と一緒に捕まるの? 俺、通報した側なんだけど?

 また……やらかしたか。  普通なら絶望する場面なんだろうけど、俺にとってはもう、こういう厄介事も日常の一部だ。  慣れてるからいいけどさ……。

 王様からもらった短剣に王家の紋章が入ってるから、身分証明になると思ったんだけどな。  まさか逆効果とは。  でも、門が封鎖されて他の拐われた人たちが助かったなら、それでいいか。  それに、この騒ぎを起こせば、ミリアや王様も気づいてくれるだろうし。

 ……平民の格好が問題だったのか?  いや、ミリアだって平民の服を着てても、あのオーラと威圧感で誰も逆らえないしな。  ――オーラと威圧感、か。俺には無いな。ゼロだな。

 じゃあ口調か? ……いや、俺があの喋り方を真似したら、確実に殺される。  「生意気な平民め!」って言われて、さらに危険になる未来しか見えない。

 そんなことを考えているうちに、俺は牢屋に放り込まれた。  しばらくして、騒がしかった詰め所の中が、突然ぴたりと静まり返る。  兵士たちの緊張が、空気を通して伝わってくる。

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